松原孝臣 によるストーリー
4月20日から23日にかけて行われた体操の全日本選手権で、大きなアクシデントが相次いだ。
女子決勝が行われた22日、優勝候補と目されていた1人、昨年の世界選手権代表で予選3位につけていた山田千遥が跳馬の着地の際に左膝を負傷。今月の世界ジュニア選手権個人総合で銀メダル、今大会予選1位の山口幸空も平均台の着地で、同じく左膝を負傷した。2人は立ち上がることができず、担架で運ばれた。
大会終了後、山田は左膝前十字靱帯断裂と診断され、5月8日に手術することが明らかになった。また山口は左膝前十字靱帯損傷であったことを自ら語っている。
2人ともに大きな怪我を負うことになったが、全日本選手権の場で優勝を争うトップ選手にアクシデントが相次いだことは波紋を投げかけた。それは偶然の出来事だったのか、あるいはそうではないのか。
熾烈な代表選考、選手が明かした“相当なプレッシャー”
今大会以前にも、女子の有力選手には怪我が相次いでいた。例えば昨年の全日本選手権個人総合で優勝し、9年ぶりの高校生チャンピオンとなった笠原有彩。世界選手権代表に選ばれていたが、開幕を控えた練習中に跳馬で左膝前十字靱帯損傷の怪我を負い、大会欠場を余儀なくされた。2021年10月の世界選手権では畠田瞳が段違い平行棒の練習中に落下し、中心性脊髄損傷と頸椎打撲傷の診断を受けた。
長年日本代表を支えてきた村上茉愛や寺本明日香もしばしば怪我と闘ってきた。寺本の場合、2020年2月にアキレス腱を断裂、懸命の努力で復帰を果たしたが、競技人生のなかで大きな影響を受けることになった。
全日本選手権で渡部葉月に次ぐ2位に入った宮田笙子(昨年の世界選手権代表)も2月に右足のかかと骨折の診断を受けた。しかし大会が世界選手権代表選考を兼ねていることから、完全ではない状態での出場となっていた。
試合を終えて、宮田は相当なプレッシャーがあったことを明かすとともに、こう語ったという。
「多くの人から、『代表に絶対に入らないといけない』という言葉があって。自分でも分かっているけれど、練習の過程を考えるとそこがプレッシャーになっている部分があったので、正直、自分の中でも辛いなと思う部分だったと思いました」
“非接触競技”で多い、女子選手のヒザの怪我
こうしてみると、上位選手の中で大きな怪我は少なくないことがうかがえる。
先に挙げた例でも怪我の種類はさまざまだが、特に目立つのが膝の怪我だ。これまでトレーナーなど選手をサポートする立場の専門家に話を聞く機会があったが、それからすると決して偶然とは言えない。
浮き彫りになるのは、前十字靱帯や半月板などの膝の怪我は女子の方が多いこと、また男子ではサッカーなど接触のある競技で生じやすいのに対し、女子は接触のない競技で多いという傾向だ。そのため、女子の接触のない形での損傷を、“重点的に予防すべき項目”として打ち出している医療機関も見られる。
この理由として、女子選手の方が相対的に関節が緩いことや、いわゆる「X脚」の形を指摘する向きもある。
「J難度」も…技の高度化は、重大な怪我の一因か
体操競技に話を戻せば、より高難度の技を目指す近年の傾向も、男女ともに共通する理由の一つとして挙げられている。アルファベット順にAから徐々に難度があがるが、ひと昔前は「ウルトラC」が最高難度の技を示していた。
だが、どの競技でもそうであるように、より難しい技へのチャレンジが続き、体操界は時間をかけて進化してきた。今日、女子ではゆかで“J難度”の技も存在することがそれを象徴している。そもそも瞬時の方向転換や急停止など身体に負荷のかかる競技である上に、国内で、あるいは国際舞台でより好成績を目指し、勝つためには高い難度を追求せざるを得ない。技の高度化が怪我を生んでいる背景もあるだろう。
10代選手も高難度の技を…現場は怪我のリスクをどう減らす?
また、女子の場合、どうしても10代半ばあたりから全国大会の上位で活躍し、やがて国際舞台に臨む選手が少なくない。以前から厳しく体重をコントロールしているケースが指摘され課題ともなってきたが、それもあいまって体が出来上がっていない状態でより難しい技へ――という流れも怪我のリスクを高めているきらいがある。
全日本選手権で上位の選手に怪我が続いたのは偶然かもしれない。ただ、競技をめぐる環境その他を考えれば、偶然という言葉で済ますわけにもいかない。
先に記したように、医療レベルでも怪我のリスクについては把握されている。問題が見えていないわけではない。それでも競技レベルの向上など取り巻く状況がある以上、より一層、予防やケアへの意識を現場から高めていくほかない。少なくとも、選手に無理を強いる、無理に追い込む状況はあってはならない。また、マットや器具などにより怪我のリスクを減らす工夫を凝らせないかもテーマとして考えられる。
山田も山口も、パリ五輪を目指し復活を期すとしており、診断の結果、それが可能な状態でもあるという。それは幸いとして、こうした怪我が相次ぐことがないよう、多面的に考えていく必要があるだろう。
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