THE DIGEST
背筋を伸ばしコート上を歩く姿には、自信と、ある種の風格が漂う。
ボールを打ち抜くフォームには力みがなく、放たれるショットは端で見ていても重そうだ。
4月末に岐阜で開催されたカンガルーカップ(ITF80000ドル/W80)では初戦突破。翌週の福岡(ITF60000ドル/W60)では、予選から挑み本戦ベスト8へ。この戦績で、世界ランキング500位突破が確定している。
ただ、コート上の堂々たる佇まいとは対照的に、オフコートの彼女は常にはにかんだ笑みをこぼし、語る言葉も少なめだ。
そんな初々しい素顔は、彼女がまだ“ジュニア”でもあることを物語る。
世界ジュニアランキング4位の斎藤咲良は、“シニア(大人)”の世界でも結果を出しランキングを駆けあがる16歳だ。
ジュニアでの戦績を見れば、今季の斎藤は5大会に出場し、2大会で優勝。
一つはパラグアイ、一つはブラジル開催の大会で、いずれもコートの種類はクレーだ。赤土で有効なドロップショットや、コートを広く用いる戦術眼も、齋藤が備える武器。そのような豊富な手札は、岐阜(ハード)や福岡(砂入り人工芝)で、大人たち相手に戦う時にも効果的だった。
日本にはほとんど存在しない赤土を得手とするその理由は、彼女のキャリアに依拠しているだろう。
11歳の時に齋藤は、富士薬品による “支援プログラム”メンバーの座を勝ち取った。既に日本では同世代のトップだった当時の彼女には、「海外にはどんな子がいるんだろう? 自分はどれくらい通じるんだろう?」という好奇心があったという。
年間累計4カ月の海外遠征に行かせてくれる同プログラムは、無垢なる向上心を満たしてくれる格好の機会だった。10代前半で欧州の大会を経験し、「すごくドロップショットがうまい」同世代選手たちと赤土で多く手合わせした斎藤の心と目は、自然と世界へ向けられる。
「富士薬品さんのサポートがなかったら、今頃は高校に通ってインターハイを目指していたと思う」と振り返るほどの、人生の分岐点だった。
ジュニアで試合経験を積みつつ、15~16歳で“大人の大会”に挑戦するのも、その頃から思い描いていたビジョンだ。
「大人の選手は、大事な場面や、少しでもボールが甘くなると、しっかりコートの中に入って打ってくる」
そんなジュニアとの差を体感できることも、どこかうれしそうな風情だ。
失う物のない強みで“大人”に挑めるのは、若さの特権。同時に、同世代の選手と戦う時に覚える重圧を打ち破る強さも、彼女は自身に求めている。
そう思った大きな契機は、今年1月の全豪オープン・ジュニア。「いきなり第1シードになって、『えっ?』とびっくりした」という齋藤は、初戦敗退を喫した。
「勝ちたいではなく、勝たなきゃいけない」
そんな心の在りどころの小さな誤差が、プレーにいかに大きな影響を及ぼすかを知る。同時にこの経験から、プレッシャーと付き合う術も、彼女は体得しはじめたようだ。南米での2大会連続優勝は、その一つの成果だろう。
今季の目標は、「ジュニアでは、グランドスラムのシングルスでまずは2回戦突破し、そこから上位を狙いたい」とやや控えめ。
「一般では、ITF25K(25000ドル)以上の大会で優勝したい」
そう言い一端は言葉を切るも、思いだしたように取材用レコーダーに顔を近づけ、「あと、たくさんポイントを取りたいです!」と明るく続けた。
成熟しつつある技とフィジカルに、無垢なる上昇志向を備えて、大人の階段を駆け上がっていく。
齋藤咲良(さいとう・さら)
2006年10月3日生まれ、群馬県生まれ。
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